公開日:2026年08月25日
- 宿泊業,飲食サービス業
- 持続化補助金
地域支援機関とともに生産性向上に取り組む企業事例(有限会社一葉)
値上げを見据え、価値を高める店づくりに取り組んだ日本料理店
鎌倉商工会議所 中小企業支援課 課長 経営指導員 斎藤暁 様(左)
この記事のポイント
- 値上げするなら、それ以上の価値を届ける店づくり
- 椅子の導入をきっかけに、店全体を見直す
- 補助金を活用し、お客様に選ばれ続ける店へ
「値上げをするなら、それ以上の価値を届けたい。」
その思いから、神奈川県鎌倉市で日本料理店「鎌倉ふくみ」を営む池田吉正氏は、店づくりを見つめ直した。きっかけとなったのは、小規模事業者持続化補助金の活用だった。
設備を新しくすることが目的ではない。経営課題を整理し、店の価値を高めるための投資を考え抜いた結果、価格改定後も選ばれ続ける店づくりへとつながっていった。
本記事では、池田氏が補助金をどのように経営改善へ生かし、店の未来につなげたのかを紹介する。
地域に愛され、「また来たい」と思われる店を目指して
鎌倉駅からほど近い路地裏に、ひっそりと、しかし確かな存在感を放つ日本料理店「鎌倉ふくみ」がある。暖簾をくぐった先に広がるのは、喧騒から切り離された静かな空間だ。
2019年2月の開業以来、鎌倉ふくみは、地元の旬を生かした料理と、一人ひとりに寄り添う丁寧な接客で、少しずつ信頼を積み重ねてきた。派手な宣伝はしないが、日々積み上げた満足が、評判を呼び、現在では来店客の約8割がリピーターとなっている。その多くが50代から80代の地元客である。「また来たい」と思わせる理由は、料理のおいしさだけではない。席に着いた瞬間から店を出るその時まで、安心して過ごせること。そこに、店主池田吉正氏の揺るぎないこだわりがある。
しかし、理想の店づくりには課題もあった。特に、高齢のお客様にも長時間快適に過ごしてもらえる環境をどう整えるか、そして、お客様との会話が自然に生まれる空間をどうつくるかという点だった。料理を味わう時間は、単なる食事ではない。心地よく過ごせるかどうかが、店の印象を左右する。
店主の池田吉正氏は、最初から料理人を志していたわけではなかった。高校卒業を目前に進路に迷っていた頃、父親が営む日本料理店を手伝ったことが、この世界へ足を踏み入れるきっかけとなった。最初は何も分からないまま厨房に立ったという。だが、包丁がまな板を打つ音、湯気の立つ鍋、客席から漏れる笑い声。そのすべてが、池田氏を少しずつ料理の世界へ引き込んでいった。
その後、池田氏は、川崎、銀座、京都の名店で修業を重ねた。修行で学んだのは料理の技術だけではない。料理は皿の上で完結するものではなく、客の表情や箸の運び、食べ終えた後の余韻まで含めて完成するのだということだった。
後に、池田氏は「厨房の中だけでは、お客様が何を感じているのか分からない。だからこそ、目の前で反応を見ながら料理を磨きたい。」と当時を振り返り語ってくれた。
その思いが、池田氏をカウンター割烹というスタイルへ導いた。料理人と客の距離が近いからこそ、ひと皿ごとの温度や香り、盛り付けに込めた思いまで、すべてが直接伝わる。池田氏がつくりたかったのは、料理を通して、時間や空間そのものを「感じてもらう」店だった。
さらに京都での修業を通じて、池田氏は「その土地の食材を使うことが、その土地らしい料理につながる」と実感した。鎌倉ふくみでは、鎌倉や三浦半島の野菜、近海の魚など、地域の恵みを積極的に取り入れている。季節が変われば、食材も変わる。その変化に向き合い、どう活かすかを考えることが、料理人としての喜びになった。
しかし、開業から約1年後、新型コロナウイルス感染症の影響が鎌倉ふくみを襲った。客足は大きく減り、先の見えない不安が店を包んだ。それでも営業を止めることはなかった。料理を見直し、経営を見直し、店の存在意義そのものを問い直した。その経験を通じて、池田氏の中では「数を追う経営」から「価値を高める経営」へと、確かな意識の変化が生まれていった。
一人で抱え込まない経営の大切さ
池田氏と鎌倉商工会議所の斎藤指導員との関係は、開業準備中に紹介を受けたことから始まった。当初は補助金のためではなく、経営全般について相談できる相手としてのつながりだったという。開業前後は、仕入れや資金繰り、集客、メニュー構成など、次々と判断が求められる。そんな中で、第三者に相談できる存在があることは、暗闇の中に差し込むわずかな光のようなものだった。
その関係が本格的に力を発揮したのが、新型コロナウイルス感染症流行の真っ只中だった。売上が急減し、資金繰りへの不安が一気に高まる中、池田氏は「何を優先して動けばいいのか分からなかった」と振り返る。そんな時、斎藤指導員から融資制度や支援策の情報がタイムリーに届き、必要な手続きや考え方についても助言を受けることができた。
「相談できる相手がいるだけで、気持ちが全然違いました」
斎藤指導員は、制度を案内するだけの存在ではなかった。池田氏の考えを整理し、次の一手を一緒に見つける伴走者だった。売上が落ち込んだ時期も、焦りに飲み込まれないよう支え続けてくれた。その存在は、池田氏にとって単なる相談先ではなく、経営を続けるためのパートナーになっていった。
「値上げするなら、価値も高める」
やがて池田氏は、価格改定を検討するようになる。原材料費や光熱費が上がる中で、これまでと同じ価格を維持することは難しかった。だが、値上げをするなら、それに見合う価値をきちんと届けなければならない。池田氏が目を向けたのは、料理そのものだけではなく、店内で過ごす時間の質だった。
特に気になっていたのは、長時間座るお客様の椅子である。日本料理店の鎌倉ふくみでは高齢者の利用が多い。鍵を握るのは料理の満足度だけでなく、「最後まで気持ちよく過ごせたか」という体験であり、それが再来店につながる重要な要素だった。そこで斎藤指導員から提案されたのが、小規模事業者持続化補助金の活用だった。
池田氏は、座り心地の良い椅子の導入を決断する。だが、申請は容易ではない。なぜその投資が必要なのか、どのような経営課題を解決するのか、導入後にどんな効果が見込めるのか。それらを、感覚ではなく言葉と数字で示さなければならないからだ。
斎藤指導員と何度も打ち合わせを重ね、自社の強みや顧客層、課題、今後の方向性を一つずつ整理していった。最初は「椅子を替えたい」という思いから始まった計画が、やがて「顧客満足度を高め、価格改定後も選ばれる店にする」という明確な経営戦略へと変わっていく。
そして、申請書の作成から採択後の実績報告まで、斎藤指導員の支援が途切れることはなかった。後に当時を振り返り、池田氏は「一人では絶対にできませんでした」と話す。補助金を活用して椅子を導入したことで、店内の印象は大きく変わった。お客様がよりゆったりと食事を楽しめるようになり、空間全体にも落ち着きが生まれた。
さらに、価格改定への不安も和らいだ。価値を高めるための投資が形になったことで、利益率の改善にもつながり、サービスにも余裕が生まれたのである。池田氏にとって補助金は、単なる設備導入の補助ではなかった。経営を前向きに変えるきっかけとなった。
変わらない信念で、理想の日本料理店を目指す
現在も鎌倉ふくみの来店客の約8割は常連客だ。観光地・鎌倉ではインバウンド需要も高まっているが、池田氏は「外国人向けに料理を変えるつもりはありません」ときっぱり話す。流行に合わせて姿を変えるのではなく、自分が信じる日本料理を、丁寧に積み重ねていくこと。それこそが、長く愛される店づくりにつながると考えているからだ。
今後の目標は、以前から思い描いてきた古民家への移転である。より落ち着いた空間で、地域の食材を生かした料理を提供し、お客様との対話を大切にする店をつくりたい。その夢は、単なる店舗の拡大ではない。料理、空間、接客、そのすべてを通じて、「また来たい」と思ってもらえる店を育てることである。
今回の持続化補助金の活用は、その未来に向けた大きな一歩となった。設備を整えることで終わるのではなく、経営の考え方そのものを見直し、店の価値を高めるきっかけになったのである。
「理想の日本料理店」を目指す挑戦は、これからも続いていく。鎌倉ふくみは、お客様一人ひとりとのつながりを大切にしながら、地域に根差した店として、静かに、しかし確かな歩みを重ねていく。
| 活用した補助金:小規模事業者持続化補助金 |
| 年度:2023年度 第13回 |
| 枠・型:一般型 |
※本ページに掲載している補助金活用事例は過去の補助制度によるものであり、現在の補助制度とは異なる場合があります。最新の補助要件については、必ず公式情報をご確認ください。
企業データ
- 企業名
- 有限会社一葉
- 設立
- 2003年10月1日
- 従業員数
- 1名
- 代表者
- 池田 吉正 氏
- 所在地
- 神奈川県鎌倉市扇ガ谷1-1-29
支援機関データ
- 支援機関名
- 鎌倉商工会議所
- 所在地
- 神奈川県鎌倉市御成町17-29







