2025.02.07

地域支援機関とともに生産性向上に取り組む企業事例

いちご農園が補助金活用でロス削減と差別化に成功

同社直営の飲食店

ポイント

  • 補助金活用を活用したプロトン凍結技術の導入による作業の効率化
  • 商工会への相談で経営面への視点が強化
  • 農業の多角化と持続可能な経営体制へ

中井農園は、奈良県天理市で40年以上にわたってイチゴ栽培や米作を続けている。代表を務める中井靖社長(42歳)は、代々続く農業の伝統を受け継ぎながらも、新たな事業展開に積極的に挑戦している。10年ほど前には飲食店「ストロベリー工房」を立ち上げ、自家栽培のいちごを使用したスイーツや加工品の販売を行っている。
2025年からは、ブドウ栽培の開始と観光農園の開設も計画しており、農業と飲食業を融合させた事業拡大を展望している。法人化により、経営基盤も強化し、従業員の雇用にも注力している。同社は、地域への貢献と新しい農業ビジネスの可能性を追求し続けている。

中井農園のイチゴ園

ものづくり補助金活用前~イチゴ農園が直面していた課題

中井農園は奈良県天理市で長らく農家を営んできたが、既存の販売経路に卸すだけでは、成長性・収益性は限定的であった。そのため現代表の中井社長は、消費者ともつながり、声も集めることができる新たな収益源として平成26年から奈良市に直営の飲食店「ストロベリー工房」を開業した。また、農産物直売所や民間の卸売事業者、飲食店向けにも販路を拡大してきている。
補助金を活用する前は、中井農園のイチゴ園では次のような課題に直面していた。

①ロス削減と商品の差別化
イチゴの栽培過程で形が崩れたり、傷がついたりしたB級品・規格外品のイチゴは、味は変わらないのに見た目だけで単価が安くなり 、多くがジャムなどの加工食品に用いるか廃棄されていた。しかし、イチゴの加工食品は市場が飽和状態で差別化が難しく、廃棄も含めて、収益に大きな影響を与えていた。廃棄や加工食品に回すイチゴを減らし、付加価値の高いイチゴとしてより多く出荷することで、差別化を図り、販売強化につなげたかった。

②生産体制の整備と効率化
イチゴは出荷時期が限られており、繁忙期と閑散期の差が激しく、年間を通じて売り上げることや従業員を安定的に雇用することが難しかった。そのため旬の時期に収穫したイチゴを冷凍保存して出荷していた。 しかし、従来の冷凍技術では解凍するとドリップ※1が出てしまい、収穫時のように丸々では利用できず、ジャム等の加工食品に利用するしかなくなり、商品価値が損なわれていた。イチゴの生産農家として差別化していくためには、冷凍保存の技術を高め、かつ一定程度の供給能力を保有する必要があった。
 
さらなる差別化を求めていた中井社長は、プロトン凍結機※2によるイチゴの冷凍技術を知ることになる。プロトン凍結させると従来の冷凍イチゴに比べて、鮮度や食感を保ちつつ ドリップしにくいことから、ロスの削減と新たな飲食店や消費者向けの商材になると考えた。一方で設備投資に踏み切るためには、資金面の負担が大きいと感じていた。

※1 ドリップとは、冷凍した食品を解凍する際に食品内部から流出した水分。 ドリップには食品の水分や栄養分、うまみ成分が含まれており、ドリップ量が多いと品質に影響が出る。 ドリップの主な発生原因は、氷結晶による食品細胞の破損などによる保水能力の減少。

※2 プロトン凍結機とは、均等磁束・電磁波・冷風をハイブリッドした急速凍結技術により、イチゴの細胞の破損を防ぐ業務用急速凍結機。収穫したての鮮度や食感を保つことで、添加物を使用しない安心・安全な冷凍イチゴづくりが可能になる。また冷凍することによってイチゴの長期保存ができるため、ロスの大幅な低減が見込める。

イチゴ園内の栽培の様子

補助金の活用理由~高額な設備投資の壁を乗り越えるために選択

中井社長は、高品質な冷凍技術である“プロトン凍結機”を導入すれば、B級品や規格外品を無駄なく活用し、飲食店事業の差別化も図れると考えた。また、プロトン凍結機の導入には高額な費用が必要であり、自己資金だけで賄うのは困難であったため、支援策を活用したいと考えた。
当時、中井社長は農業従事者の方々とのつながりが多く、農業の技術的問題を相談や議論できていたが、経営面で相談できる人を探していた。有効な支援策について相談できる人はいなかった。情報のアンテナを張っているつもりでも、さまざまな補助金や支援策があり、中井農園として活用できるものなのか、どう使ったらよいかなどが分からなかった。

そのような中、地元の天理市商工会に相談することを決意した。相談に対応した米田経営指導員は、中井社長について「すごく前向きに事業展開をされようとしている経営者」との印象であったと当時を振り返る。そして、米田経営指導員は、中井社長の事業方針なら、ものづくり補助金も活用できると考え、同補助金の活用を提案した。この補助金を活用すれば、設備投資のハードルを下げることができ、中井農園の成長につながると確信したのである。補助金の活用により、作業の効率化とロス削減と商品の差別化などにもつながることから、中井社長はこの補助金に挑戦することを決めた。

天理市商工会の支援~事前相談から申請・アフターフォローまでの手厚いサポート

天理市商工会の米田経営指導員は、中井社長に対して補助金活用に必要な多岐にわたるサポートを行った。
事前相談時のものづくり補助金の活用提案では、補助金の仕組みについて詳しく説明するとともに、申請に必要な事業計画の作成をサポートし、冷凍イチゴの作業工程の効率化やロス削減や飲食店事業の差別化といった課題を具体的な計画に落とし込んだ。書類作成のほとんどは中井社長が担当しつつ、米田指導員に相談しながら計画策定を進めた。申請までには対面で4、5回打ち合わせを行い、メールや電話での頻繁なやり取りを重ねた。米田指導員は申請書類の内容を細かく確認し、採択されるために必要な改善点をアドバイスした。この計画策定の対話を通じて、中井社長は「当社の今後について、いろいろ考えるきっかけにもなった。」と語る。

補助金が採択された後も、米田指導員のサポートは続いた。報告書作成や手続きのアドバイスを行い、その後の法人化に伴う手続きもサポートした。これにより、中井農園はスムーズに設備導入を進めることができたのである。
米田指導員は、「イチゴ農園が中心となる事業体制では、閑散期をいかに埋めるかが課題である」と認識し、「飲食店も経営していたので、プロトン凍結したイチゴを活用した“今後の展望の部分”では、深く議論を重ねた。」という。中井社長は「米田さんのサポートがなければ、ここまで順調に補助金を活用することはできなかった。手厚い支援に本当に感謝している」と話している。
 
天理市商工会は、事務局長が配置されていない職員8名(経営指導員4名、経営支援員3名、一般職員1名)の支援機関である。事業計画の策定支援は、経営指導員が担当している。事業者からの相談の入口は、実態として「何かいい補助金はないか?」が多いのも事実だが、相談を通じて課題が適切に設定され、申請に行けそうになったら、しっかり伴走支援している。これまで事業再構築補助金やものづくり補助金を約50件支援してきたが、支援した案件はほとんどが採択に至っている。

ものづくり補助金等を活用して導入した社内の機械設備(左:プロトン冷凍機、右:台下冷凍冷蔵庫)

補助金活用の成果~プロトン凍結技術がもたらした効率化と売上向上

申請は見事に採択され、ものづくり補助金を活用して、プロトン凍結機、台下冷凍冷蔵庫、真空パック包装機、台下冷凍庫、プレハブ型冷凍庫を導入した。これにより、イチゴ30㎏の冷凍までの加工時間は従来の3日から7時間へと大幅に短縮された。加工量も増加し、月間630㎏の冷凍イチゴを自社で加工できるようになった。また、プレハブ型冷凍庫により最大800Kgまで長期保管が可能)となっている。
B級品や規格外品を冷凍保存して商品化することで、これまで廃棄や加工食品に回されていたイチゴをそのままデザートに盛り付けたり、かき氷のトッピングにするなど新たな商品として販売することが可能となった。飲食店「ストロベリー工房」でも、プロトン凍結技術を使った高品質な冷凍イチゴが好評で、差別化につながっている。
これらの取り組みにより、他者がなかなかやっていないことを実施できて、問い合わせは増えるなど、新たな販路の開拓にもつながり、収益の拡大を実現している。

今後の展望~ブドウの観光農園と効率化設備で持続可能な農業を目指す

補助金を活用してから約5年が経過しているが、イチゴ農園としての収益は大きく伸びている。従業員も増えて、取材当時(2024年12月)は、全体で12名(内、家族4名、常勤2名)となっている。また、厚生労働省の業務改善助成金を活用してビニールハウスの自動換気システムを導入するなど、さらなる省力化と労働環境の改善にも取り組んでいる。今後はさらに常時雇用者を増やしていく方針である。その理由の一つに、現場では社長が毎日働き詰めになっている状況があり、「まずは経営者としての自分の時間を作れる状態にしたい」との意向がある。
中井農園は、ものづくり補助金活用後に個人事業から株式会社に法人化した。家族経営から法人経営に移行することで、将来は親族が承継しない場合でも、農園を引き継ぎたいと思う人が承継できるようにしたいとの思いがあり、「事業をやりたい人がやらないと、続けられないくらい大変な仕事」だと中井社長は考えている。

中井農園は、今後さらに事業の多角化と効率化を進めていく。
イチゴ農園のみでは、繁閑の差が大きく、雇用が安定しない。そこで、閑散期に仕事と売上を創出するため、2025年には、ブドウ栽培と観光農園を開設する予定である。これにより、イチゴ栽培のオフシーズンに新たな収益源を確保し、年間を通じた安定経営を目指す。

中井社長は、ものづくり補助金の活用を通じて、天理市商工会の米田経営指導員の支援サポートを得ることで、「自社の経営を改めて見直し、今後の展望をより具体的に考えることにつながった。」と語っている。中井農園は「農業と飲食の融合」をテーマに掲げ、これからも新たな付加価値を創造し、持続可能な農業経営の具現化を目指していく。

中井農園株式会社 中井靖社長(左)と天理市商工会 米田紀洋 経営指導員

活用した補助金
- ものづくり補助金

企業データ

企業名
中井農園株式会社
設立
2022年
従業員数
12名
代表者
中井 靖 氏
所在地
奈良県天理市西井戸堂町379

支援機関データ

支援機関名
天理市商工会
所在地
奈良県天理市丹波市町296番地

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