2024.12.05
地域支援機関とともに生産性向上に取り組む企業事例
ポイント
栃木県鹿沼市の株式会社 小林酒店は1955年に創業し、現在は二代目の小林一三(いちぞう)社長が切り盛りしている。小林社長は東京農業大学の醸造学科を卒業後、家業の酒販店を経営しながら、「いつかは酒造りをしたい」という夢を抱いていた。
そんな小林社長のもとに、地域の支援機関からの情報で県内の酒蔵の事業承継の話が舞い込んできた。第三者事業承継※により酒蔵を引継ぎ、酒類製造免許を取得後、新たに鹿沼市の中山間地域に酒蔵を移転。オーダーメイド主体の酒蔵として、他者との差別化を志向し、酒販店という川下から酒造業という川上の分野へ、新たなスタートを切っている。
※第三者承継とは、現経営者の親族や従業員・役員以外の第三者によって事業を引き継ぐことである。
小林社長は、父親が経営する当社に2001年に入社した。利酒師やワインアドバイザーなどの資格も保有し、東京農業大学の醸造学科で培った人脈を生かして栃木県鹿沼市の市街地でこだわりの酒を取り揃えた酒販店を営んでいた。
2019年に鹿沼商工会議所は、地域資源の全国展開プロジェクトとして、栃木県那須烏山市で栽培した酒米と鹿沼市で栽培した掛米に、仕込み水としてそれぞれの地域の水を50%ずつ使用した純米吟醸酒を共同開発することになった。同会議所の会員であり酒類に知見のある小林社長は、この事業に鹿沼市側のアドバイザーとして関与する。この頃から小林社長の中で「自社で蔵を持ち、独自の酒造りをしたい」との思いがより強くなってきた。酒類製造免許は新規付与していないため、自社での酒造りは難しいと思っていたところ、地元の鹿沼相互信用金庫から思わぬ話が舞い込んできた。県内の酒蔵で後継者がいなくて事業譲渡先を探しているというものだった。小林社長は、「自分の蔵を持ち、酒造りにも携わりたい」という夢の具体化に動き出す。
2021年には“M&Aによる新規酒造事業”として、当時の事業承継・引継ぎ補助金を活用し、体制を整備する。その後、譲渡元である栃木県大田原市の池島酒造株式会社を引継ぎ、酒造業を開始する。
酒造場所については、鹿沼市の“みんなの廃校プロジェクト”を活用し、市内の中山間地域にある廃校になった小学校の体育館で新たに“前日光醸造所”として、復活させた。2022年12月からは譲り受けた池島酒造株式会社を小林醸造株式会社として事業を継続させている。
日本酒業界で酒類の販売業という川下から、酒の製造業という川上に出ていく事例はほとんどない。思い切った決断でもあり共に働いている奥さんの理解も必須であったところ、東京農大時代の先輩である愛知県の関谷醸造株式会社の関谷社長のアドバイスを受けることを条件に理解を得た。
栃木県鹿沼市には1987年に最後の蔵が廃業されてから、酒蔵はなかった。当社が、池島酒造を事業承継したことで、37年ぶりの酒蔵の復活に至る。譲渡元となる池島酒造への敬意を表するために、大田原市の醸造地で使われていた池島酒造の麹室の古い扉を新しい麹室に活用した。また、当社のオリジナルブランドである“鹿沼娘”に使う米は鹿沼市産の米に限定する計画とし、新しい麹室に使用した杉も鹿沼産の認証材を使用した。
日本酒の国内出荷量は減少が続き、赤字経営や廃業の危機に瀕している酒蔵も少なくない。しかし日本酒ブームもあり、純米・純米吟醸酒の出荷量"だけ"は微増で踏みとどまっている状況だ。酒蔵見学に加え、希望者がオーダーメイドで酒造りができる“体験型”のイベントが静かな人気を呼びはじめている。そんな状況に小林社長は着目した。
当社のオーダーメイド酒は、一般的なOEM生産とは違い「こういう酒が欲しい」という要望に応えるため、発注者側が種麹や酵母、精米歩合などをすべて選べ、持ち込みも可能だ。単にクライアントから指定されたものを醸造するのではなく、材料の選定や精米方法などの相談に応じたり、酒造りを体験してもらえたりするのが当社のオーダーメイドによる酒造りの特長である。
オーダーメイド酒を事業化構想する過程で、醸造に必要な技術的課題が明確になってきた。小林社長がこだわったのは、酒造りは醸造工程の入口と出口の工程が重要であること。このこだわりを技術的課題として解決するため、ものづくり補助金を活用して、入口となる改良型の精米機と出口となる湿式調湿機を導入する。
入口とは、主原料となる酒米の処理である精米技術。そのために “扁平(へんぺい)精米技術応用によるオーダーメイド受注体制の確立”として、独自の改造を施した精米機を導入した。精米においては醸造に適した方法を見出す為、幾度にもわたる試験・研究の末“偏平精米”という精米方法を発見。この方法で精米することによって出来上がった清酒のコクは格段に向上するという。また、多くの酒蔵は大型の精米機を保有する事業者に精米工程を外注している。当社が小型の精米機を保有することで、少量でも発注者側が自身で調達した酒米を持ち込めることは、“フルオーダーメイド”の酒造りとなり、大きなセールスポイントになる。
出口とは、“醸造環境による香気”の管理。「上槽室に無菌化装置を設置し無菌化状態での高品質な日本酒の醸造技術の確立」を目的に小型湿式調湿装置(製品名:カサバー)を導入した。香気の中で最も厄介な存在となるのが“カビ臭”だ。このカビ臭を除去することで日本酒本来の風味や味わいが醸し出せ高品質な吟醸酒の提供、更には酒質劣化の防止に繋がるものと確信しての設備導入だった。
池島酒造を紹介した鹿沼相互信用金庫は、“地域のプラットフォーム”として、地域の事業者に寄り添った営業活動を行っている。当社の支援においても歴代の支店長から “当社の資金面以外の経営課題”も引き継がれており、小林社長が酒造りへの情熱を持っていることを知っての紹介だった。同金庫はM&Aを支援している栃木県事業承継・引継ぎ支援センターとも人材交流があり、事業承継の手続きを円滑に進めることができた。
小林社長は、当初は廃校の校舎を活用した宿泊施設やレストランの運営も構想していたが、金庫からは「まずは本業の酒造りに注力を!」と進言したこともあるという。実際の融資においても、設備のつなぎ融資に留まらず、当社の財務状況もみて全体的な返済計画を見直している。「当金庫は、金融を通じてお客様の課題解決や思いの実現をサポートする。当社はここからスタートだ」と同金庫の荒木田仲町支店長はエールを送る。
また、鹿沼商工会議所は会員事業者の相談に応じつつ、持続化補助金など経済産業省や県、市の商工振興に関わる支援策の活用を支援している。篠原事務局次長は「他の商工団体があまり行っていない厚労省のキャリアアップ助成金や業務改善助成金の活用支援も行う」と語った。経験豊富な篠原氏によると、「初対面の事業者には相談時間のほとんどを聞き役に徹し、“傾聴”を大切にしながら信頼関係を築き、企業訪問も積極的に行う」とのこと。
当社の補助金申請計画策定支援に際しては、篠原氏が市場動向をリサーチし情報を提供するなどの支援を行い、小林社長も補助事業後の新たな事業展開について多くの示唆を得た。小林社長は「ものづくり補助金の申請計画では、事業者として“やりたいこと”は描けるものの、今後の展望を描くのに苦労が多い。特に、金融機関も収益計画に注目しているため、利害関係者の協力を得るためにもこの部分をしっかり描く必要がある」と語っている。
また、栃木県のものづくり補助金の地域事務局では、採択者に対する交付決定に向けた個別相談会を実施している。「事業者と約1時間の丁寧な個別面談を通じて、交付申請を円滑に進めるためだけでなく、企業の状況なども把握することで、その後の完了報告までのサポートがしやすくなっている」と栃木県地域事務局の平田業務主幹は語る。
小林社長は、「当社のような小規模事業者が大きな設備投資をすることになり、金融機関には資金面で下支えしていただいた。商工会議所には戦略的な部分や計画づくりの面でお手伝い頂いた。様々な支援機関の協力があったからこそ、当社は現在の状況にたどり着けた」と支援者たちへの感謝の言葉が尽きない。
2024年10月現在では、扁平精米機は期待通りに稼働している。湿式調湿装置は、設置したばかりであり、補助事業実施期間として試験醸造や分析検証を行っているところ。そのためこれら設備導入による収益への貢献はこれからといった状況だ。
小林社長は、酒造の事業を次のように展望している。
オーダーメイド酒は、既に大手鉄道会社から声がけいただき、製造に着手。リピートオーダーも見込まれている。他にも青果店や居酒屋等からも引き合いが来ている。また、商工会議所と連携して、フランスにも出向き現地の展示会に出展し、商談につながっている。「外国から注文が出てくるようになれば、日本国内に向けても好影響になるだろう」と小林社長は今後の受注増加に期待する。
池島酒造のブランド“池錦”についても、復活を果たした。こちらは発祥地である栃木県の北部地域で限定販売をしていく。
自社のオリジナルブランド酒“鹿沼娘”については、「オーダーメイドへの対応と池錦の復活に注力していて、自社の酒蔵で醸造すべきところが後手に回ってしまっている(苦笑)」とのこと。
昨今のコメ不足の状況から酒造好適米の調達が困難になっている。長期的には、日本酒の“ドメーヌ化”として、自社の田んぼでコメを栽培して、醸造、熟成、瓶詰めまでを行う生産者になることも視野に入れている。
鹿沼で37年ぶりの酒蔵復活は、地域活性化への貢献も期待されている。様々なメディア等にも露出が増えており、地域の方々からの注目が集まり期待度が高まっていることも感じている。「これまでと違い、責任というか背負うものが大きくなってきたと実感している」と身を引き締める小林社長は、ありたい姿に向けて、“やりたいこと”と“やるべきこと”の選択と集中を図りながら酒造業としての成長に挑んでいく。
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