2025.09.09

  • 宿泊業,飲食サービス業
  • 事業承継・M&A補助金(旧事業承継・引継ぎ補助金)

支援機関とともに生産性向上に取り組む企業事例(有限会社大和館)

300年の襷を継ぐ後継者女将の挑戦~体験をおもてなしする「寺子屋旅館」への転換~

(右)有限会社大和館 代表取締役 十五代目 女将 安藤友江氏
(左)小田原箱根商工会議所 経営支援部 箱根支部 課長 内田信也氏

この記事のポイント

  • 常連客向けの「待ちの商売」から、幅広い客層へ地元の魅力を提案する「体験型旅館」に転換
  • 旅館営業の方向転換に合わせ、施設リニューアルと販売価格をセットで見直し
  • 施設リニューアルにかかる経費に補助金を活用、これをきっかけに後継者が事業を承継

箱根の老舗旅館の子息と結婚した女性が、コロナ禍で低迷した旅館経営の立て直すため、施設リニューアルを決意。商工会議所の支援を受けて補助金申請に挑戦し、バス運転手やガイド中心の安く泊まる宿から、箱根での「学び体験」を楽しむ「寺子屋旅館」への転換を目指す事例を紹介する。

祖父と元上司から学んだ「事業承継と“選ばれる旅館”への道」

 箱根湯本温泉旅館「大和館」は、箱根湯本駅から徒歩6分の立地にあり、江戸時代初期より続く箱根最古の源泉を引く歴史と伝統を誇る老舗旅館である。
十五代目女将として事業を継承した安藤友江氏は、山口県柳井市の出身であり、実家は地元で仕出し、ブライダル、レストランなどの総合飲食事業を営んでいる。
安藤氏は幼少期、当時実家の事業を経営していた祖父から「人に喜ばれる行動をしなさい」との教えを受け、この言葉が将来の仕事観の基盤となったという。
大学卒業後、安藤氏は大手リゾート施設運営会社に入社し、入社2年目の2010年に新規オープンする箱根の宿泊施設へ異動となった。これが箱根の地に関わるきっかけとなった。
当時は宿泊施設の営業企画を担当し、上司とともに箱根の行政機関や観光施設を訪ね歩き、顧客を呼び込むための企画立案に奔走した。その際、上司から「待っているだけでは選ばれるホテルにはならない。顧客に選ばれるためのきっかけをつくることが、ホテルの営業企画の役割である」との教えを受け、宿泊業における集客の考え方を学んだ。
祖父からの教えと、リゾート施設での実務経験を通じて得た学びの両方が、安藤氏が旅館経営を継承するうえでの仕事観の礎となっている。

嫁いだ家の事業を承継する決意

安藤氏は、箱根の地で仕事と生活を通じて地域とのつながりを深める中、地元の商工会議所が主催する交流イベントに参加し、そこで旅館を実家に持つ男性と出会い、のちに結婚することとなった。
旅館経営については、これまでリゾート施設運営会社に勤務する中で培った経験が活かせると考えており、周囲から「旅館の経営は大変だけれど、大丈夫か」と問われても、「ぜひ挑戦してみたい」という意欲とともに、大きなやりがいを感じていたという。
その後、義母の引退希望から、旅館の経営を息子夫婦に譲るかどうかという話が持ち上がった。安藤氏は結婚後もリゾート施設を運営する会社に勤務を続けていたが、夫と話し合いを重ねた結果、夫は外部の企業に勤め続け、安藤氏が勤務先を退職して旅館経営を継ぐこととなった。
事業を引き継ぐにあたり、安藤氏は、これまで旅行会社の運転手やバスガイドの定宿として親しまれてきた割安な旅館「大和館」について、コロナ禍を経て変化した時代のニーズを考察し、より幅広い一般客中心に利用してもらえる施設へと変えていきたいと考えた。
受け身で常連客を待ち続けるだけの営業スタイルから脱却し、施設を整備し、企画を立案し、顧客から選ばれる旅館へと転換することを安藤氏は決意した。そして、適切な宿泊費を頂戴できる施設へとリニューアルすることを目指した。
大和館 十五代目 女将 安藤友江氏

商工会議所との出会いと補助金申請への挑戦~不採択でも諦めずに再チャレンジ~

安藤氏は、リゾート施設運営会社に勤務していた当時から商工会議所との接点があり、現在も継続して支援を行っている箱根支部の内田氏とも顔見知りであった。安藤氏が旅館に入ってからも、商工会議所からの定期的な案内を目にしており、経営の相談にも対応してくれることを認識していた。

旅館の経営方針を転換し、その一環として施設のリニューアルを図りたいと考えた安藤氏は、必要な資金の一部に補助金を活用することを検討していた。調査を進める中で「事業承継・引継ぎ補助金」の存在を知り、公募要領を確認したところ、「5年以内に事業を承継することを計画している事業者であること」という条件が記載されていることを確認した。

「補助金公募の条件にもなっているし、自分が事業を承継するきっかけになると考えました」と安藤氏は語る。

「補助金のようなきっかけがあると、経営者が持っている知恵を表に出していただき、形にしていくことに繋がります」と小田原箱根商工会議所 経営支援部 箱根支部 課長 内田氏は話す。

「箱根には多くの旅館があり、それぞれが外の地域から箱根に、より多くのお客様に来てもらえるように頑張っています。特に小規模な旅館では、経営資源が限られているため、集客のために工夫を凝らす必要があります。そうした工夫のきっかけとして、補助金の公募は旅館の経営者が知恵を絞る良い機会となるのです。」

小田原箱根商工会議所 経営支援部 箱根支部 課長 内田信也氏
実際の補助金申請にあたっては、まず安藤氏が自身の考えを整理し、書き出すことから始めた。その内容をどのように補助金の申請書や事業計画書に反映させるかについては、内田氏と安藤氏が二人三脚で調整を重ねた。初回の申請では不採択となったが、安藤氏は「これから経営を引き継ぐうえで補助金の活用はどうしても必要である」との強い思いから、次の公募回に再挑戦した。より分かりやすい内容を意識し、文面を修正したうえで申請を行い、令和3年度第3回の公募回において『箱根発「寺小屋旅館」創造に向けた遊休スペースのリノベーション』というテーマで採択され、セミナーや体験企画を実施する「多目的室」を設置するための建物改修工事を実施した。

補助金を活用して実施した改修工事~補助金申請を通じて得た気づき

補助金申請当時の様子を、安藤氏は次のように振り返る。「頭の中にあったさまざまな考えやアイデアを申請書式に書き出し、内田さんに見ていただきました。自分が書いた内容を、補助金の申請書式にどのように落とし込むのが良いのか、事業計画の売上や経費の見込み数値をどのように作成すれば良いのかといった点を中心に、支援していただきました。補助金の申請書や計画書の作成を内田さんと一緒に進めていただいたことで、これから自分がどの段階で何を行っていくべきかが明確になりました。」
一方、支援を行った小田原箱根商工会議所 経営支援部 箱根支部 課長内田氏は、次のように話す。「経営指導員である私から、事業計画に記載する細かな内容について指示や指導を行うことはありません。どのようなお客様に来ていただきたいのか、またそのお客様に来ていただくためにどのようなアクションを起こすのか。そうした基本的な点について質問を重ねることで、女将さん自身に考えていただくようにしました。」
 
こうした事業計画に応じた集客の取り組みにより、補助金申請時に作成した事業計画を上回る売上を達成している。さらに、次の段階で打ち出していく計画としていた「旅館一棟貸し」のプランを今後は取り組んでいく予定であるという。
補助金を使って改装した多目的室
書道・絵画・英会話教室や温泉セミナーなどを開催し、温泉入浴以外の体験を宿泊客や地域の方に提供
補助金を使って整備した旅館内通路

女将として向き合う今後の課題

いろいろな世代のお客様にお越しいただける旅館にしていくために、安藤氏は自身の持つ書道の師範資格を活かし、宿泊体験の企画案をブラッシュアップしているところです、と安藤氏は話す。
 
「箱根の温泉宿で書道教室を開く意義を見い出し、新たな取り組みとして「温泉水書道®」(商標登録申請中)を進めています。温泉水ならではの香りを楽しみながら、温泉に関する知識に触れる時間も設けています。また、入浴前の水分補給の大切さを体感していただけるよう、客室に備え付けの緑茶を温泉水に混ぜて書を描くというユニークな工夫も取り入れています。さらに今年からは、小学生の夏休みの宿題を特別な体験として楽しめる企画も進行中です。」
 
大和館の次の課題は、働き手の確保であるという。
「現在は、私が中心となって、顧客対応から事務作業まで幅広く担当しています。今後は、パートタイムスタッフの雇用も視野に入れ、自分以外の働き手の確保に取り組んでいきたいと考えています。」

支援機関の紹介

(左)小田原箱根商工会議所 経営支援部 部長 井上経氏
(右)小田原箱根商工会議所 経営支援部 箱根支部 課長 内田信也氏
最後に、小田原・箱根地区で事業者の支援活動を行っている商工会議所を紹介する。
小田原箱根商工会議所は、本所を小田原地区に置き、箱根地区には支部事務所を設ける形で、事業者への支援を行っている。
 
経営指導員は、商工会議所が定めた目標件数に基づき、毎月巡回訪問を実施しており、これは会議所全体の活動として推進されている。
また、創業支援にも力を入れており、後継者が不在の事業者と、起業や事業の引継ぎを検討する人材とのマッチング事業を「小田原箱根事業承継マッチング事業~襷をつなぐ~」という名称で実施している。
会員事業者に対しては会員満足度調査を実施し、その調査項目の中に事業承継に関する課題を確認する質問を盛り込むことで、事業承継に関する実態の把握と、事業者への意識喚起を図っている。
 
今回は、日本有数の温泉観光地である箱根地区において、老舗温泉旅館の事業承継と商工会議所による伴走支援の事例を取材した。今後も、地域特有の産業における事業承継の課題に対して、補助金を活用しながら経営承継に取り組む事業者と、それを支援する機関の事例を継続して取材していく。
活用した補助金:事業承継・引継ぎ補助金
年度:令和4年(令和3年度補正予算)
 枠・型:経営革新枠

※本ページに掲載している補助金活用事例は過去の補助制度によるものであり、現在の補助制度とは異なります。
 最新の補助要件については、必ず各制度の公式情報をご確認ください。

企業データ

設立
1952年6月
代表者
安藤 友江 氏
所在地
神奈川県足柄下郡箱根町湯本655

支援機関データ

所在地
(本所)神奈川県小田原市本町4-2-39
(箱根支部)神奈川県足柄下郡箱根町湯本211-1

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