2024.11.12
地域支援機関とともに生産性向上に取り組む企業事例
ポイント
1964年に現代表の祖父が和洋菓子店として当地で創業。和菓子・洋菓子を取り揃えている地域に根差した老舗菓子店。二代目(現代表の父)は、洋菓子職人として、三代目の現代表は和菓子を学び他店で修業したのちに当店に入店。国家資格である菓子製造技能1級の資格も保有している。
現代表は入店後、地元高校の家庭部におけるジュエルスイーツの監修をはじめ、和菓子、洋菓子の開発、製造に積極的に従事。自治体や企業とのコラボ商品開発も手掛けてきた。地域の菓子文化の発展と向上に力を注いでいる。
石川県のほぼ中央部に位置する宝達志水町は、生活にお菓子が根付く金沢の文化圏であり、当店もかつては婚礼などのお祝い事に配られる店売り以外の五色生菓子(ごしきなまがし)の注文も多くあり、繁盛していた。
時代の変化や地域の人口減少から、このような慶弔の需要も減退してきたことから、経営にも影響を受けるようになった。そこで松田代表は、「何か新しいことをしなくては」と店売り商品の開発に積極的に着手。「多い時には取扱商品が300種類になってしまった時期もあった。」と松田代表は語る。そのような中、地元の醬油を使った“しょうゆプリン”を開発した。これは今でも定番商品となっている。
2018年には更なる販路開拓を志向し、地元の食材を使ったプレミアムプリンを全国に流通させるべく、半年以上をかけて冷凍できるプリンの開発を行う。
試行錯誤しながら世界に先駆けて、カスタードプリンが長期にわたり触感や味の品質を落とさずに冷凍保存が可能な技術を開発することで、これまでは発送出来なかった地域まで、美味しい状態のままプリンをお届けできるようになった。
地元の食材をふんだんに使ったこの新商品を「能登の極上素材プリン」と命名した。
2019年に発売を開始すると、大手航空会社のECサイトで扱われるなど好評を得た。
その後、コロナ禍のお取り寄せ特需も重なり、既存の設備では生産が間に合わない状態が続き、生産量の増強を検討することになる。
松田代表は、生産量の増加のための設備投資がかなり高額になることから地元の宝達志水町商工会に相談する。
相談に応じた源経営指導員の後押しもあり、ものづくり補助金へのチャレンジを決断する。
申請のための計画づくりは、2か月をかけ、毎週のように松田代表と源指導員とで対話を重ねていった。また、内部環境・外部環境を分析しつつ、強みである知的資産(見えない魅力)を突き詰めていった。
当店の方向性を検討するこの過程では、例えば、外部環境として顧客である大手航空会社や百貨店からは、品質に対する要求も厳しいことも踏まえ、当初は生産性の向上を主な目的にしていた代表は、生産量の増加だけが目的でなく、品質との兼ね合いも重要であることに気づいた。
これにより事業計画の骨格は、商品が危険温度帯(10℃~60℃)である時間をできるだけ回避できるための機能を備えた“品質も保ちつつ生産性も向上させる”方向とした。
松田代表は「多くの補助金申請にありがちな生産性や収益性の向上といった要素だけでなく、食品業界における衛生や品質のようなクリティカルな要素をいかに申請計画に埋め込むかが難しかった」と当時を振り返る。
ものづくり補助金の申請は採択され、スチームコンベクションオーブンで蒸し上がったプリンを急速に冷蔵し、その後、冷凍できるブラストチラー、大容量の縦型冷凍庫、店舗サイズに合わせた特注の高性能冷却システム内臓のショーケースを導入した。
これにより設備投資前に比べて、作業時間は約6時間から3時間と2分の1へ、生産量は約3倍(3回転)になった。また、品質の維持・向上も図られている。更には省エネ効果もあり、電気料金低減にもつながった。代表の作業時間が削減されたことで、経営に必要な事務作業に充当でき、人員の配置面でも効率化が実現できている。
当店を伴走支援している宝達志水町商工会は、職員は全体で7名。内、経営指導員3名の陣容だ。会員事業者は約400者。その殆どが小規模事業者である。同商工会は、コロナ禍における町の補助金や国の給付金の活用を通じて、地域の多くの事業者と対話と傾聴を重ね、伴走支援力を培ってきた。
また、支援策活用後のフォローも兼ねた定期巡回を通じて、会員事業者からの相談に応じつつ、新たな課題を確認・共有した上で解決に向けた地域や国の支援策に橋渡しをしている。
同商工会では、地域のワンストップ窓口として経済産業省や自治体の商工振興関連の支援策に留まらず、厚労省の雇用関係の助成金等の相談にも応じている。労働関係の支援策を紹介できるようになったのは、「事業者に寄り添った支援をしていると、ヒトに関わる問題が浮上してくることが多くなる。そのため、商工会内でも職員向け研修を行うなど、当該分野の勉強をしている。」と源指導員は語る。
ものづくり補助金は、この5年ほどで10件程度の支援実績がある。「もの補助は、小規模事業者にとっては大きな投資となるので、しっかり経営方針(経営課題)が固まっている事業者を支援し、課題設定がフワフワしていたり、計画策定を丸投げする傾向の事業者には勧めていない。(源指導員)」
能登半島地震では当店の周辺が液状化し、当店自体も店舗の建屋が傾いたり土間が割れるなど被災し、休業を余儀なくされたものの、現在では店舗運営はほぼ平常に戻っている。
補助金活用で商品開発の時間も創出できた松田代表は、「能登の極上プリンの通販による販売は落ち着いてきた。
今後は、能登の食材を使用した商品のバリエーションを増やし、販路も拡充していきたい。」と語る。これには代表の長女と三女が菓子職人として修業中で、25年4月から当店に合流予定であることも背景にある。
「これまでもマーケティングの専門家支援も仰ぎつつ、マーケットイン志向で商品を開発してきた。今後もその方針は変わらないが、娘たちの若い感性に期待している」
補助事業後のフォローの一環で、源指導員は菓子専門学校の学生である三女の財務の学習を指導したこともあるという。菓子職人としての技術を高めるだけでなく、「中小企業も経営と技術のバランスが必要。経営面のご指導が頂ける商工会の支援は重要。」と実感している松田代表に要請されてのことだった。このような支援を行っていることもあり、「補助金は、金銭面の助成にとどまらず、当店全体の経営力の底上げにつながっている。当店のみならず、支援した会員事業者が申請書や報告書の作成を通じて、ビジネススキル面でも成長していることを実感している(源指導員)。」という。
この半世紀で日本の菓子業界も様変わりしてきた。「菓子製造の伝統や技術を習得することは基本だが、時代の変化に合わせて変えていくことも重要。私の座右の銘は“温故知新”。当店は常に変化の先を見据え、新たな商品開発に邁進していく所存です。」と松田代表は今後を展望する。
人手に依存する傾向が強い菓子業界において、機械設備の効果的な導入で生産量の増加と人手による作業時間の短縮が図られた。創出できた人材リソースを製品開発や事業承継の準備に充てるなど、事業継続・成長のための体制整備に取組む姿が垣間見られた事例であった。
< 使用した補助金 >
- ものづくり補助金
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