2024.11.05
生産性向上に取り組む企業事例
ポイント
石川県かほく市。能登地方と加賀地方をつなぐ街道に位置し、江戸時代には宿場町として栄えたこの町で、金属製品の製造業を営んでいる株式会社エヌテック。主に製缶、溶接、板金などの製造・処理を請け負う企業である。
同社は、もともと同じ業界の企業でサラリーマンとして勤めていた中田社長が、数年前にその企業を退職し独立して築いた会社で、従業員は4名、創業から約7年が経過したところである。
直近の7年間といえば、日本全体が新型コロナウイルス感染症の脅威にさらされていた時期でもある。新型コロナウイルスに加え、2024年1月1日に能登半島地震が発生した。
かほく市は被害の大きかった能登北部や能登中部より南に位置していることもあり、被害も震災の中心部に比べてそれほど大きなものとはならなかったという。実際にかほく市の町を歩くと、建物の倒壊や道路の陥没までは見受けられないものの、屋根の破損や一部外壁の崩れなどが見受けられた。
中田社長は「震災の日は元旦で自宅にいましたが、さすがに揺れも大きかったので事業所が心配になって見に来ました。幸い倒壊や設備の破損・故障等はありませんでしたが、棚の上や高いところにあった物なんかは床に落ちてしまっていたので、やはり揺れはそれなりにありましたね。受発注に大きな被害はありませんでしたが、一部の部品の納品が遅れたりするくらいはありました。」と振り返った。
創業後にこのような過酷な状況に見舞われる中、従業員を抱えながらも事業をしっかり継続することができた背景には、中田社長の経営者としての努力と発想の転換を垣間見ることができる。
「創業にあたっては、勤めていた会社の会長に工場の場所や取引先に関して、いろいろと相談しました。今でも仕事に関して連携することもあります。おかげさまで今の取引先はサラリーマン時代に培った取引先と、創業後に新規開拓した取引先が半々くらいでお仕事をさせていただいています。」そう話してくれた中田社長だが、創業当初は受注数が減っていくなど、やはり経営者としての苦労にも悩まされた。
「コロナ禍前も受注数が少しずつ目減りしていく感じはあったんですが、コロナ禍に入って世間的に事業活動が停滞したこともあって、辛かったですね」
コロナ禍では、周知のとおり様々な業態・業種の事業者が連鎖的に事業活動を停止せざるを得なくなり、実際に廃業を迫られた事業者も数多く存在する。製造業なども例に漏れずサプライチェーントップに限らず、どこかが停止してしまえば同じことであった。
同社は主に取引先から提示された設計図を展開し、平面図にして必要な部品を製造・加工することになるが、設計図の展開は素人ではできないため、専用の人を雇用しながら対応していた。人手もコストもかかることは明白であるが、創業間もない同社はIT化も不十分であったため、このアナログ作業で凌いでいた。しかし、時間と手間がかかってしまうことから、発注自体を断らざるを得ないケースもあり、この点に苦慮していた。そのような中で、中田社長はもともと抱えていたこの課題と向き合い、発想を転換した。
「当時、コロナ禍で周辺の事業活動が停滞し、弊社も二の足を踏んでいたところでした。色々と自社の状況を見つめ直す機会でもあったので、いずれにしてもやる事がないなら、CADソフトを導入して設計図の展開等をIT化してみようと思いました。コロナ禍という特殊な状況下で、売上も落ち込んでいる中での設備投資は周りからも色々な意見がありましたが、現状抱えている課題に対していつかは何らかの対策をしなければと思っていたので、このタイミングでのIT投資を決めました。」
CADというのは、建設業や製造業などにおいて、設計図の作成支援などをデジタルに処理できるソフトウェアである(ソフトウェアによって詳細な機能パターンは多岐にわたるため、詳細機能の説明は本記事では割愛する)。
ソフトウェアの選定にはそれほど時間を要しなかった。というのも中田社長自身がサラリーマン時代に利用していたCADソフトを扱っているITベンダーと、創業後も付き合いが継続しており、使い慣れたソフトの方が導入後の運用を考えても楽だろうという算段だった。CADソフトの導入をITベンダーと検討している中で、IT導入補助金の存在を知った。
いずれにしても導入する予定のものに対して補助金を活用できるのであればありがたいし、コロナ禍という状況が後押しとなり、CADソフトの導入に合わせてIT導入補助金の申請も行うことにした。
「IT導入補助金の申請は、それほど難しいものではなかったので助かりました。幸い、採択されましたのでありがたかったです。CADソフトの導入後は、受注数が回復し、むしろ増えました。設計図を提示されてからの展開も素早くできるようになり、全体の工期短縮にもつながりました。何より取引先側も設計図をポンと渡すだけで、こちらで製造に入れるので楽なんだと思います。」ソフトウェア導入後の成果を中田社長はこう話してくれた。導入後の操作研修などを含むサポートや保守はITベンダーがしっかり対応してくれるため、導入後の不安も特に感じなかったという。
今では受注数が増えたことでCADソフトを使用した設計図の展開自体も手が回らなくなることがあり、その作業自体を外注することもあるのだという。コロナ禍の同社の状況からすればうれしい悲鳴だ。とはいえ、そうなってくると更なる業務効率化や体制の見直しなどが、同社の次の課題となってくるのかもしれない。
中田社長に次の事業展開について伺った。
「小さい会社なので事業展開というほどのことではないですが、従業員は増やしたいと思っています。また、人を増やすと手狭になるので、工場の拡張もしたいです。」
都心でも人手不足は常態化しているが、周知のとおり地方でもその傾向は顕著である。実は同社では今年1月頃から従業員を募集しているのだが、一向に申し込みがなく、やっとアルバイトを雇用できたのは9月初旬前後だったそうだ。工場の拡張については、土地も費用も必要となるため、周りの環境を見ながら慎重に検討していくとのこと。
また、今の業務の中でIT化する予定あるいはしたいものについても伺った。
「業務上ではやはり経理事務関係の部分をIT化していきたいと思っています。例えば伝票関係の処理ですね。事務所の引き出しにも紙がたくさん入っています。あと他の業界でも同じかもしれませんがFAX文化も残っていますので、こういったところもIT化していきたいですね。」
サプライチェーン単位で取引に関するIT化が進まないことの一つとして、ある会社だけがIT化を図ったところで相手方が対応していないと連携ができないという問題がある。
今後、社内で効率化する部分と取引先と連携しながらIT化を図らなければならない部分を見極めながら事業計画を立てる必要がありそうだ。
コロナ禍や震災など予期せぬ事態は経営にはつきものだが、苦しい状況下においても同社のように事業状況を見つめ直し、攻めの設備投資を行うにあたり補助金をうまく活用しながら事業を前向きに進めた、強気の打開策の一つとして学びを得た事例であった。
< 使用した補助金 >
IT導入補助金
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