2025.12.08
- 製造業
- 事業再構築補助金
地域支援機関とともに生産性向上に取り組む企業事例(比企光学株式会社)
取引先の「困りごと」を起点に補助金を活用、新たな事業展開の実践事例

前列左 同 製造部 課長 安藤好孝 氏
後列右 同 事業戦略室 主任 河谷公則 氏
後列左 同 製造部 横田幸洋 氏
この記事のポイント
- 既存事業の安定性と成長性に常に課題意識を持ち、新しい事業のタネを探索
- 「成功ではなく、たくさんの失敗をしよう」失敗を許容し、挑戦する会社の風土を醸成
- 日頃から接点を持ち、大事な機会に全面的な支援を得ることができる公的支援機関との関係づくり
経営危機を乗り越えながら、新規事業に挑戦し、既存事業の変革にも取り組んできた経営者が、取引先の「困りごと」から新たな事業のヒントを見出した。事業再構築補助金の公募開始を好機と捉え、日頃から関係を築いてきた商工会議所の支援を受けながら補助金の採択を得て、新事業に挑戦する製造業の事例を紹介する。
事業の変化を経たグループ経営の現在
和紙の里として知られる埼玉県比企郡小川町に、産業用光学レンズの製造と金属精密切削加工を手がける比企光学株式会社の本社がある。当社は、昭和46年に現代表である栁瀬満邦氏の祖父が、それまでの和紙関連事業から転じて産業用ガラスの製造を開始したことがスタートであった。
栁瀬満邦氏(以下、栁瀨氏)は2005年5月に当社へ入社。同年の8月には、埼玉県秩父市にあった同業他社を買収、これを有限会社比企オプティクス(以下、比企オプティクス)としてグループ会社化した。同時に栁瀨氏が比企光学と比企オプティクスの代表取締役に就任した。

当社は生産が難しく、需要が特殊用途に限られる中~大型のレンズの受注生産を担う
逆風を機に始まった新事業への動き
栁瀬氏の代表就任から3年が経った2008年9月、リーマンショックの影響で、比企光学の売上は激減した。当時の受注量は、工場を週に2日間稼働させれば対応できるほどであり、その状況が1ヶ月、2ヶ月と続いた。業務量が減少する中で、栁瀬氏は打開策を模索し続けた。
「リーマンショックによる影響はいずれ終息し、レンズ製作の受注量もいずれは回復すると考えていました。しかし、それ以前からレンズ製作の受注量の不安定さに課題を感じており、この機会にレンズ製作に依存する経営から脱却しようと決意しました」と栁瀬氏は語る。
レンズ以外の事業分野を探っていたところ、知人の経営者から「金属の切削加工分野に進出してみてはどうか」とアドバイスを受けた。レンズ製作で培った細かい加工技術を活かせるという、当社の特性を踏まえた助言であった。
レンズ以外の事業分野を探っていたところ、知人の経営者から「金属の切削加工分野に進出してみてはどうか」とアドバイスを受けた。レンズ製作で培った細かい加工技術を活かせるという、当社の特性を踏まえた助言であった。
新分野への挑戦と専門家の助言
受注が減少する中、栁瀬氏は新たな分野の開拓を目指して、社外のセミナーや経営者との交流の場に積極的に参加し、模索を続けていた。金属の切削加工分野への進出を検討していた折、中小企業の経営戦略とマーケティング戦略をテーマとしたセミナーに参加した際、セミナー講師を務めていた経営コンサルタントに自社の今後の方向性について相談をしたことがある。コンサルタントから「中小企業は経営資源が限られているため、自社の既存事業と関連性の高い事業に集中することが重要である。比企オプトグループにとって、金属切削加工は、既存のガラス部品製造とは関連性が低く、やらない方がいいのではないか」と反対意見を受けたという。それでも栁瀬氏は、自らの判断を信じてその道を進むことを決めた。
「成功ではなく、たくさんの失敗を集めよう」
その想いを軸にした決断
「実際に現場を見て、現場で働く人と接してみなければ分からないこともあります。専門家のアドバイスを参考にしつつも、最終的には現場を確認したうえで、社長である自分自身の判断を信じることが重要だと考えています。」
さらに栁瀨氏はこう語る。
「環境が徐々に悪化しているにもかかわらず、自ら変わろうとしない選択はしません。自分たちの変化と成長のために、新しいことにチャレンジすることを大事にしたいと考えています。新しいことにチャレンジする過程で、小さな失敗を必ず経験します。そうした失敗を前向きに受け入れることで、新しいことへのチャレンジに積極的な社風を作っていくことを理念としています。」

その想いを表す比企オプトグループの経営理念
2008年に発生したリーマンショックによる大幅な受注減を受け、栁瀬氏は知人から茨城県にある金型製品の加工会社を紹介された。栁瀬氏は従業員2名を連れ、その会社の工場に技術習得のための修行に行くことにした。1ヶ月間の修行を終えて、自社へ戻る際、その会社から「持って行って使いなさい」と言われ、加工機械2台を譲り受けた。
自社に戻った栁瀬氏は、茨城で共に技能を習得した従業員とともに金属切削加工事業を立ち上げ、これを比企オプトグループの第2の柱と位置付けた。
支援者との出会いと補助金活用のスタート
グループ会社である有限会社比企オプティクスの販売促進を検討していた際、補助金の活用を試みたいと考えた栁瀬氏は、知人を通じて秩父商工会議所の経営指導員を紹介された。
この経営指導員の支援のもと、小規模事業者持続化補助金やものづくり補助金を活用、さらに経済産業省が普及を推進していたローカルベンチマークを使った支援を受けた。その後、事業再構築補助金の申請に際しても、支援を継続して受けることとなった。

※ローカルベンチマーク(略称:ロカベン)
企業の経営状態の把握、いわゆる「企業の健康診断」を行うツールである。企業の経営者と金融機関・支援機関等がコミュニケーション(対話)を行いながら、ローカルベンチマーク・シートなどを使用し、企業経営の現状や課題を相互に理解することで、個別企業の経営改善や地域活性化を目指す。
取引先の「困りごと」からヒントを得た事業の構想
従来のレンズ製作事業に加えて、金属切削加工事業を新たな柱とし、営業を続けていた比企オプトグループであるが、受注に関しては常に課題意識を持ち、新たなビジネスのタネを探し続けていた。
「レンズ製作事業は月によって売上変動が大きく、金属切削加工事業も急に売上が伸びる訳でもなく、地道に実績を積み上げるしかない状況でしたので、常に新しい事業のタネを探していました」と栁瀬氏は話す。
「金属切削加工事業の受託先として、自動車部品の製造業と取引をしていました。その企業から、亜鉛材料を使って部品を製造する際に使う金型は、定期的に補修していく必要であるが、対応できる業者が限られ、納期も順番待ちで困っているという声を聴いていました」
栁瀬氏は、こうした取引先からの声をもとに、金型補修に使われる工法の技術課題、埼玉県内で金型補修を必要とする事業者数、金型補修を請け負う業者の数などを事前に調べていた。
「商圏内には金型補修の需要がある一方で、対応できる業者が少ないことから、新規事業としての可能性があると考えました。技術的な課題については、レーザー加工機を導入することで解決できると判断していましたが、高額な設備投資となるため、経営者として設備投資の判断に踏み切れない状況が続いていました。」
「再び訪れた危機をチャンスに変えた経営判断」
~経営指導員の支援と事業再構築補助金の申請
2019年後半に始まった新型コロナウイルス感染症の拡大は、2020年後半には比企オプトグループの受注にも影響を及ぼし始めた。
2008年のリーマンショック時に経営危機を乗り越えた経験を持つ栁瀬氏は、この再び訪れた危機を、新たな事業に取り組む好機と捉えた。
2021年に入り、日頃から国や行政の施策情報を積極的に収集していた栁瀬氏は、中小企業の新事業・新分野進出を支援する「事業再構築補助金」が新設されたことを知った。
もともと新事業への進出を検討していたこともあり、事業再構築補助金の公募開始を絶好のチャンスと捉えた。
栁瀬氏は、2008年のリーマンショックの際から秩父商工会議所に継続的に事業の相談をしてきたこと、そして常に新事業の可能性を模索していたこともあり、補助金申請に必要な事業計画の作成をスムーズに進めることができた。
さらに、これまで継続して支援を受けてきた経営指導員からのアドバイスも得て、事業計画書を完成させ、補助金の申請を行った。結果、2021(令和3)年度事業再構築補助金 第1回公募に採択され、補助事業としてレーザー加工機の導入に取り組むこととなった。

補助金導入を起点に広がった事業の進化と連携
比企光学では、レーザー加工機導入後の金型補修事業において、販路の開拓に取り組んでいる最中である。また、並行して製造工程のDX化にも着手しており、IoTの導入やAIを活用した検査工程の実施を進めている。
その後、金型補修事業のヒントを与えてくれた取引先である田中ダイカスト工業を比企光学が買収、現在では比企オプトグループの3社目として経営統合を進めている。
栁瀬氏は次のように語る。
「金型補修を必要とする企業の経営を承継したことで、事業再構築補助金の補修事業における販売価格の設定や販路開拓がしやすくなったと感じています。」
伴走支援を実践している支援機関のご紹介
比企オプトグループは、比企光学株式会社が所在する小川町の小川町商工会、および有限会社比企オプティクスが所在する秩父市の秩父商工会議所の2ヶ所に会員として加入している。事業再構築補助金の申請支援やローカルベンチマークを活用した伴走支援は、秩父商工会議所が担当した。
秩父商工会議所は、秩父市および隣接する横瀬町を管轄しており、工業、建設、観光、サービス、商業の5つの部会を運営している。各部会は、行政に対して定期的に政策要望を行い、意見や情報の交換を行っている。
経営支援を担当する中小企業支援課は、課長を含む5名の経営指導員と3名の経営支援員による体制で、地域の事業者支援に取り組んでいる。
さらに、5つの産業別部会のほか、青年部や創業塾の参加事業者、秩父広域地域の電気工業会、その他の団体が主催するビジネススクールに参加する事業者とも幅広い接点を持ち、支援の相談窓口として広く対応している。
石原事務局次長のコメント
「当会議所では、多くの事業者からご相談や支援依頼をいただいており、巡回訪問よりも、持ち込まれたご相談に丁寧に対応することに注力しています。」
また、小規模事業者が新たな挑戦を始める際の第一歩として、「小規模事業者持続化補助金」の活用を積極的に案内し、申請を促している。
木村中小企業支援課長のコメント
「持続化補助金の申請が電子化されたことで、パソコン操作に不安を感じる事業者もいます。そうした方々には、申請書の作成から電子申請の操作まで、会議所の経営指導員が横について支援を行っています。」
今回の取材では、事業再構築補助金を活用し、補助金がなければ踏み切れなかった新事業の設備投資を実現した事業者と、ローカルベンチマークなどのツールを活用しながら伴走支援を行う商工会議所の取り組みを紹介した。
変化と成長を目指して社員を牽引する栁瀬氏の経営姿勢、そして経営者の思考や戸惑いに寄り添いながら活動を後押しする商工会議所の支援体制は、今後の地域企業の参考となるだろう。

事務局次長 石原 哲也 氏(左)
中小企業支援課 課長 木村 悠一 氏(右)
| 活用した補助金:事業再構築補助金 |
| 年度:令和2年度補正 第1回 |
| 枠・型:通常枠 |
企業データ
- 企業名
- 比企光学株式会社
- 設立
- 昭和46年3月
- 従業員数
- 20名
- 代表者
- 栁瀬 満邦 氏
- 所在地
- 埼玉県比企郡小川町青山830番地
支援機関データ
- 支援機関名
- 秩父商工会議所
- 所在地
- 埼玉県秩父市宮側町1番7号







