2025.01.09
地域支援機関とともに生産性向上に取り組む企業事例
ポイント
有限会社戸崎鐵工所は、1889(明治22)年に創立し、長野県飯田市に所在する金属加工を営む製造業である。創立当時、長野県飯田市では、養蚕が盛んに行われており、工業用のボイラーが必要とされていた。戸崎鐵工所は、ボイラーの製造から事業を開始。その後、工場の高圧配管設備の製作やメンテナンスを手がけ、業容を拡大してきた。現在の代表である戸崎格氏は、創業時の代表から数えて6代目にあたる。先代の5代目代表であった父から、2022年に事業を承継した。先代の時代の経営では、地域密着で、需要に対して即時に対応することに注力しており、顧客が必要とするものがなければ自社で製作してきた。
戸崎社長は、大学では建築設計を学び、卒業後は都内の設計事務所に就職した。物心がついた頃から将来は自分が父が経営する鉄工所の後を継ぐことを意識してきたという。
「大学入学前に、自分の家業を継ぐために何を学ぶべきかと考えましたが、デザインを学びたいと気づき、自分の意志を父も尊重してくれました」と戸崎社長はいう。
都内の設計事務所に数年勤務した後、リーマンショックの影響もあり、2008年に飯田に戻り、戸崎鐵工所に入社した。入社後しばらくは、現場で職人として製造職務を経験し、個々の業務受注が単発で、業務の発生を顧客側に依存している受け身型の営業になっていることに課題を感じた。このままの経営を続けるのではなく、「何かを変えるべき」との思いを抱き、現場仕事に携わりながら、一級建築士の資格取得に励み、27歳の時に資格を取得した。
戸崎社長は30代半ばから、会社の業績やコストの数字を見るようになった。単発の受注で相手に左右されるこれまでの仕事獲得のやり方では、売上が安定しないことを改めて実感した。また、当時は60歳前後のベテランの職人の給与が長年上がっていないことにも違和感があった。
「従業員の給与を上げるには、業績を安定させなければならない。そのためには、受注のあり方を変える自社の事業の柱が必要である。しかし、事業の柱を新たに作るにも、工場内設備は古いまま。事業の内容そのものを変えていくべきである。という想いは日増しに強くなっていきました」と戸崎社長は語る。
誰に、何を、どのように提供するべきか、この頃の戸崎社長は、事業の柱づくりに向けた情報収集と検討を重ねた。
「飯田近隣の会社に、どんな金属製品を使っているのか。その製品をどのように使い、どのくらいのサイクルで買い替えをするのかを一軒一軒調べたこともありました」
外へ出向き、様々な企業と接点を持ち、情報交換することを得意としたが、これといった発見がなく、焦りを感じる日々が続いた。
戸崎社長は、事業承継の前から地域の金融機関が提供する経営者交流のネットワークに参加していた。飯田信用金庫では、若手経営者の会 SYMS(シームス)という後援団体があり、45歳までの経営者や後継者の会員が中心となり、地域ごとに支部を構成している。戸崎社長もこのSYMSに参加していた。
「飯田信用金庫のネットワークの中で話をすることが多かったと思います」と戸崎社長は振り返る。
他の金融機関の経営者ネットワークにも参加していたが、飯田信用金庫のSYMSは、年代が近く、企業規模も同じくらいの会社の経営者と会う機会が多かったという。
人脈づくりとフットワークを活かし、様々な所での情報交換をくり返す中、ある日取引先から「工事の仕事をやらないか」という打診があった。
新しい仕事を請けることで、自社の事業の柱を考えることのヒントが得られるかもしれないと考えた戸崎社長は、自身の設計経験を活かし、工事着手前の現況調査から顧客に提案ができると考えた。また、工事が複数業者に分散発注されている現状を知り、工事前から金属製品の製造加工、設置工事まで一気通貫で業務を請け負うことで、顧客側にコストと時間のメリットと工事品質の担保を提供できる可能性を見出した。
一方で、新しい工事事業を進めるには、必要な資金や職人の数、働き方、業務ノウハウが今までと大きく異なるため、その対応が課題となった。
新しい事業への挑戦を考え進める中、普段から頻度高く訪問し、今後の事業を支援する姿勢を見せていた飯田信用金庫の担当者にアドバイスを求めてみた。
相談を受けた飯田信用金庫 切石支店の支店長から全面的なバックアップを行う旨の申し出があった。
「実際に工事が始まった後、当時の飯田信用金庫 切石支店の支店長と担当者が、長野県外にある自社の工事現場まで視察に来てくれました。自分たちが支援する上で、取引先がどんなことをやっているのか、自分たちの目で見て理解する必要があるとのことでした。正直、驚きました」と戸崎社長は語る。
その後、信用金庫の担当者から、新事業を進めていく上での「経営革新計画※」の作成、申請と申請可能な補助金活用の提案を受けた。
まず、経営革新計画の作成に着手。新たな事業に挑戦する前の事業環境の整理、新たな事業の内容と前提となる市場のニーズを踏まえた複数年度の事業計画を、飯田信用金庫の担当者との二人三脚で作成し、長野県からの計画承認を取り付けた。
さらに、新規事業に必要となる投資内容を整理し、必要な投資資金の一部を補うことが可能な補助金として「事業承継・引継ぎ補助金」に照準を定め、計画書の作成に取り組んだ。
申請に必要な計画書作成においては、飯田信用金庫担当者の支援のもと、令和3年度第4次公募の事業承継・引継ぎ補助金の採択を受けた。
飯田信用金庫切石支店グループのビジネスアドバイザー・佐々木信太郎氏は次のように語る。
「地域の企業に足を運び、経営者のお話を聴いて必要とする支援の内容を把握し、信金に持ち帰り、経営者に提案できる繋がりを探した上で紹介する役割を担っています」
飯田信用金庫 営業統括部 ビジネスソリューション課 ビジネスアドバイザー 本島 充氏も、経営者の想いに共感し、支援を行う姿勢を強調する。
「前向きに、地域経済の発展にも繋がる挑戦をしたい経営者の思いに共感することが出発点です。実現に向けて一歩一歩進もうとする経営者の姿勢を見て、事業としての成長を信じ、支援にあたります」
ビジネスアドバイザーは、支店の営業活動を支援し、難易度の高い経営課題の解決や新規取引先の開拓も行い、支店の自走能力を高める役割を担っている。飯田信用金庫は、4人のビジネスアドバイザーを各地域に配置し、経営課題への全面的な課題解決支援を行っている。
支店の担当者だけでは対応しきれない新規事業、事業承継、経営改善などの複雑な課題に対し、ビジネスアドバイザーが経営者に伴走支援する。戸崎鐵工所の新事業への挑戦や、経営革新計画、事業承継・引継ぎ補助金の申請支援も、ビジネスアドバイザーがサポートした。
戸崎社長は、「経営革新計画や補助金申請に必要な計画を作成したことで、自分自身が考えていたことに偏りがあったことに気づきました」と振り返る。
事業の柱を作るために、「誰に、何を、どのように提供するべきか」を考えてきたが、自社の強みや弱みなど、客観的、俯瞰的に視る視点が不足していたことに気づいたという。
「自社の強みを、どのように提供するか。その結果、顧客がどんな利益を得るかというシナリオを考えきれていなかったと感じました。また、事業計画という形式で未来の数値計画を作る過程で、営業をしていく先のこと、提供するサービスの具体的なスキームまで考えることができるようになりました」と戸崎社長は語る。
その後、事業承継・引継ぎ補助金を活用し、プラント設備改修期間にむけて、大型製造物に対応できる作業場所の改修や、複数台の溶接機を導入。これにより、効率的に製作が行える作業環境の整備を行った。
戸崎鐵工所が提供する新たな事業は、従来、顧客が各工程ごとに別々の業者に発注していたプラント工事の各工程を一気通貫で請け負うことで、納期短縮、コスト削減、工事の品質精度向上の全てを実現させる受託サービスである。
「現在、大型の工事を発注いただいている顧客から、従来と比較して納期、コスト、工事品質の全てが格段に向上していると評価をいただいているところです」
現場で使う金属加工に強みを持つこれまでの戸崎鐵工所の特性に加え、現場の工事前の状態を調査して工事やものづくりのデザイン設計を行う前工程、設計に基づき丁寧に工事を完遂する後工程がドッキングされ、戸崎鐵工所はプラント工事全般を高いレベルで請け負う業態に進化する過程にある。
「このサービスを、もっと広く社会に知ってもらいたい。また、地元の飯田市の雇用に貢献するために社員も増やし、社員の処遇もさらに向上させたい」と戸崎社長は語った。
飯田の街から、業態を転換して進化していく製造業の姿が今後ますます期待される。また、地域密着の支援活動を組織的に高め続ける信用金庫の取り組みも引き続き注目していきたい。
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