2024.12.13
地域支援機関とともに生産性向上に取り組む企業事例
ポイント
有限会社池工作は、現会長の小池卓史氏が1984(昭和59)年に自宅に隣接した敷地に工場をつくり、元請から依頼された金属加工を開始したことがはじまりである。平成2年に現在の住所(出雲市西郷町726-7)に移転、現在は医療機器、自動車、印刷機器、半導体、各種ロボットの治具部品製造などを手掛けている。現社長の吉川雄一氏は、1994(平成6)年に入社し、当社のものづくり現場での経験を積んできた。早期に事業承継をしたい意向を持つ会長から、2023年5月に工場長の立場から従業員承継の形で事業を引き継いでいる。
吉川社長が入社した当時、従業員の生活を守るために何とか仕事を確保し、確保した仕事を従業員に製作してもらうという点に会社の力点が置かれており、発注元のニーズに十分に応えられる仕事ができていなかったという。
「納期に間に合わない。長時間残業は当たり前、図面通りに作ったつもりでも、納品してから品質面で不十分であったとわかることがありました」
一生懸命に作った製品を安心して出せる状態でないと、働いている従業員が自分の仕事を誇りにできない。仕事があっても、その仕事に取り組む従業員がつらい気持ちを持って仕事をすると、その気持ちが製品に表れ、良い製品がつくれない。良いものづくりと従業員の幸せは表裏一体の関係にある。安くものづくりをすることに傾斜してしまうと、不良発生にも繋がりやすくなると吉川社長は語る。
当時の小池社長(現会長)と、吉川工場長(現社長)との間では、意見が食い違うこともあったという。
「会社を良くしたいという思いは同じでも、会長は少しずつ変わっていければ良いとの意見だったのに対し、自分は改善すべきものは即改善するべきという意見を持っていました」
社長としての役割を任された現在では、当時の小池社長の考えがわかるようになったとも話す。
吉川社長が、小池会長から事業を引き継いでもらいたいとの考えを最初に聴いたのは20年ほど前からであったという。
それから先は、工場長を任命されたものの、承継に関して自分はどうしたらよいかわからず、業務をこなす事だけで手一杯、時間だけが経過していったと吉川社長はいう。
「会長はご自分の活動年齢を意識されていましたので、早めに事業承継を行い、会長ご自身の人生でやるべきことに時間を充てたいお考えであることを聴いていました。事業承継が進まない過程では、私に事業を引き継ぐ覚悟ができていないとお叱りをいただいたこともありました」
そのような時間の中、吉川社長は、個々の発注に対する原価を把握し、利益構造を理解して仕事をするようになっていた。お金の流れを理解するようになって、赤字で請けている仕事もみえてきた。受注した仕事を社員が一所懸命やることで、採算が悪化している仕事もあったという。
「従業員が、自分自身が製造に関わる仕事に関して、製造原価を理解して仕事ができるようになるためには、どうしたら良いか。利益を残すためには何をすべきか。自分が見積りをするようになってから考えるようになりました」
事業全体で黒字になるのであれば良いと考えていた会長に対し、吉川社長は安価な受注を一部でも容認することが、結果として採算が悪い仕事に偏ることに繋がると考え、個別採算での原価管理と売価設定を徹底した。このやり方に対し、会長は吉川社長の考えを尊重し、任せてくれたという。
また、従業員が仕事上の技能を身に着けるための教育に関しては、会長の代から注力しており、吉川社長も従業員時代に一級技能士の資格を取得している。
2021年、会長がご自身の引退を具体的に考えだしたタイミングで、島根県の事業承継・引継ぎセンターの支援を受けることになった。この期間に月一回の引継ぎセンターの専門家と会長、吉川社長との話し合いを行い、事業承継計画書を作成。2年後の2023年5月に事業承継が行われ、吉川工場長が代表取締役社長に就任した。
事業承継計画書を作成したことで、事業承継を行う時期や事業の課題が明確になったという。
吉川社長が事業を引き継いだ後も、請負う仕事の品質精度の改善に取り組んでいた。
「完璧な製品をお客様に納品したつもりでも、精度要求の高い製品では納品後の製品の微細な精度に誤差が出ているものもありました」と吉川社長はいう。
製品の精度保証を高めるため、現存する測定機に加え、新たにキーエンスの三次元測定機を導入し、製造工程のチェックを二重にすることを考えた。
吉川社長は、この測定器の導入を検討するにあたり、しまね産業振興財団に助成金を活用できないか相談した。
しまね産業振興財団(以下、しまね財団と略す)は、今回活用した事業承継・引継ぎ補助金に限らず、池工作に対して多面的に継続した企業支援を行っている。
事業承継・引継ぎ補助金の申請様式、計画書に吉川社長が一通り記入した後のチェック、記載内容や必要書類準備に対してのアドバイスを行ったという。
「事業者の外部環境を明確にして投資することで、どれだけの受注に繋がるのかについては、特に留意してチェックをしています」
しまね財団は、地域のものづくり企業の支援 も積極的に実施しており、池工作もそのうちの一事業者である。安食氏は2019年から販路開拓の支援がきっかけで池工作を担当するようになったという。
「県内のものづくり事業者が作る製品・部品のスペック、保有技術、加工設備などをしまね財団でデータベース化(ものづくり受注企業ガイドブック)しています。そのデータベースを元に、県外の新規発注元の候補となる企業開拓や取引マッチングに対応する。また、過去に展示・商談会や個別訪問等で出会った見込み先に対し、県内のものづくり事業者との取引マッチングに繋がる情報発信をマーケティングオートメーション※の仕組みも活用しながら実施し継続的に相談をもらえるような関係づくりに努めています。」
※獲得した見込み顧客の情報を一元管理し、マーケティング活動を自動化・効率化する概念のこと。
県内のものづくり事業者に対し、展示会出展支援や商談会開催等の販路開拓支援をしまね財団で行っており、その際には各事業者の特徴、製品のセールスポイントに関する文書作成をものづくり事業者にお願いしているという。
「補助金の申請の段階になって、自社の分析をはじめて行うということではなく、普段の各種ご支援の際に自社の分析を行っていただいています。その甲斐があって、ものづくり事業者様が補助金申請や各種計画策定をする際にもスムーズに進みやすくなっていると思います」と安食氏は語る。
また、しまね財団では、事業者の支援を行う職員の人材育成にも力を入れている。
「事業者にとって真に必要な支援は何かをよく考え、支援商材を持っていくだけの訪問をしないこと。その事業者が向かう方向性や課題をよく聴き、自分の目で現場も見て、経営者と同じ目線でどんな支援が必要なのかを考えた上で支援商材を紹介しないと相手からの信頼は得られないと若手や経験の浅い職員には伝えています」
事業者が向かう方向性や課題を理解して支援にあたるためには、支援者側のスキルアップは不可欠であるという。
「例えば、販路開拓を支援する場合であれば、B2BとB2Cのマーケティングを理解するための最低限の知識とフレームワークを活用し、事業者の課題を整理。考え切れていない点を考えてもらうために課題解決のステップを示しながら対話を通じて一つずつ実行していくやり方を、一緒に同行訪問する中で学んでもらうようにしています」
「お客様にとっても、当社にとっても、より良い取引を増やして、会社を大きくしていきたいです。その上で、従業員が定時で帰宅できて、かつ待遇面でも良い状態を、日本一の会社を目指していきたいと考えています」と吉川社長は語る。
現在は、業容拡大に伴い、工場内の機器装置が増えて手狭になりつつある。今後、工場敷地内に工場を建て増したいという。
また、社長自身の事業承継を振り返る中で、次のように話す。
「事業を渡す側と受け継ぐ側のコミュニケーションは大事だと思っています。後継者が思っていることを言わず、事業を承継した後に両者の関係がギクシャクすると、会社全体に及ぼす負の影響も出てくると思います」
人手不足が深刻になる時代の中で、「幸せが広がるものづくり」を実践する池工作の今後の挑戦を楽しみにしたい。また、支援機関の組織力を高め、県内の事業者を高レベルで支援する財団の活動にも目を向けていきたい。
企業データ
支援機関データ