2023.01.26
株式会社クラモト氷業
ポイント
水を凍らせて砕いて売る——石川県金沢市のクラモト氷業は昔ながらの「氷屋さん」の顔を持つ、古くも新しい企業だ。創業は大正12年(1923年)。長く氷の卸売業に携わってきたが、2016年に製氷業へと転身し、現在はかき氷の移動販売や氷を使ったスイーツの開発、さらには氷の海外輸出まで行う。
数々の新規事業を推進してきたのは、「5代目」の蔵本和彦専務だ。配電盤メーカーでの修行期間を経て、2010年にクラモト氷業に入社。それからまもなくして、父の蔵本顕彦社長とともに、氷の卸売業からメーカーへの進出を果たした。
「祖父の代から製氷業への転換を考えていましたが、融資が下りなかった。ところが、好材料が重なって父の代で実現できたのです」
2015年には北陸新幹線が金沢まで延伸。大きな経済効果が期待されるなかで、製氷工場として活用できる鉄工所跡地が見つかり、金融機関の融資を取り付けることに成功したという。同時期に、中小企業の生産性向上等を支援する「ものづくり補助金(令和元年度補正予算以降の正式名称:ものづくり・商業・サービス生産性向上促進補助金)」を活用している。砕氷技術を取り入れるためだ。
一口に氷と言っても、専業メーカーがつくる氷と家庭で作られる氷はまったく異なる。通常、家庭用冷蔵庫ではマイナス20℃前後の冷凍室で氷ができあがるが、クラモト氷業の製氷時の温度はマイナス8~10℃。48~72時間かけて135kgの巨大な氷の塊が作られる。ゆっくり時間をかけて凍らせることで不純物を取り除き、溶けにくいうえに透き通った氷を生み出しているのだ。
「水にはミネラルなど不純物や小さな気泡が含まれています。低すぎない温度で、かき混ぜるように圧力を加えながら冷やしていくと、気泡が剥がれ、不純物を取り除きながら凍らせることができる。そうしてできあがった氷は家庭で作られたものよりも結晶が大きく、結晶と結晶の間の隙間が少ないため、溶けにくくなるのです」
蔵本専務の“実験”によると、家庭で作られた氷とクラモト製の氷の溶解時間には5%程度の差があったという。同じ分量の氷をグラスに入れ、90mlのウイスキーを注いで30分後の分量を計測した結果だ。
この溶けにくい氷と新たに導入した砕氷機械を利用して氷温熟成に挑戦したのが2016年のこと。当初は自社で新鮮な加賀野菜を仕入れて氷温熟成野菜を売ることを想定していたが、食肉メーカーからの依頼を受けて肉の氷温熟成にも取り組んだ。コストと手間の多さから商品化には至らなかったが、「この挑戦によって氷の粒のコントロール技術が格段に向上した」と蔵本専務は話す。
氷業として日本初の海外輸出を本格始動させたのは、それから4年後のことだ。
「2014年に新婚旅行でラスベガスに行ったとき、ホテルのバーで一杯20ドルもするカクテルを注文したら、不純物の多い残念な氷とともに出てきたのです。その頃からブログで、いずれは海外にクラモト氷業の氷を送り出したいと発信し続けてきました」
蔵本専務がずっと思い描いていた海外輸出は突如、実現する。2018年にロサンゼルス在住の日本人から電話がかかってきたのだ。
「高級レストランやバーで使う品質のいい氷を探している。クラモト氷業さんの氷を一緒に販売しませんか?」
声の主は日本の商社に務める、蔵本専務と同世代の男性だった。ブログやSNSで蔵本専務の海外輸出に向けた熱意を知ったうえで問い合わせてきた。
「最初は、父に『詐欺を疑いたくなるほどよくできた話だから気をつけろ』と言われました。最終的にはやってみれば良いと了承してくれました」
そう苦笑する蔵本専務は、男性との打ち合わせを繰り返し、アメリカ輸出に向けた準備を進める。並行して2019年には再び「ものづくり補助金」を申請。“アメリカサイズ”に合わせたコンピュータースケール(自動計量器)を新たに導入した。
同社ではそれまで、形の不揃いなかち割り氷をパッケージする際、分量の目安になるマスに氷を詰めて計量した後、人の手で調整・袋詰を行っていた。だが、日本とアメリカとでは求められる氷のサイズや分量が異なった。一般的なグラスのサイズからして日本よりも大きいためだ。
国内で一般的なキューブタイプの氷は45mm四方のものだが、これをアメリカに合わせてサイズアップ。かち割り氷も国内向けよりも大きなサイズを用意する必要に迫られた。そうした変化に対応しながら省力化を実現するため、補助金を活用して自動計量器を取り入れたのだ。
「砕いた氷の重さを測って、一定の分量だけ出して、パッケージ化するところまで自動化できるようになりました。その結果、以前は一人の社員が付きっきりで行っていた袋詰めの工程をゼロにすることができ、その工程に要する時間も20%短縮することができました」
氷の製造、砕氷、選別、計量、袋詰——この一連の工程にはかつて5人の社員が携わっていたが、設備投資を経て培った砕氷技術と自動計量技術により、3人で完結させることが可能になったという。業務効率化によって残りの2人は、かち割り氷よりも付加価値の高いブロックタイプの氷や球体氷の成形工程などに振り分けられるようになり、トータルの氷生産量は2.5倍に増加。海外の氷需要の拡大にも応えられる態勢はこうしてできあがったのだ。実現したのは業務の効率化や生産拡大だけではない。
「コロナ禍で2020年は過去最悪の業績に転落しました。事業縮小は避けられないだろうというところまで追い詰められましたが、21年、22年と倍々で売上が伸びたのです」
コロナ以前の同社の売上構成比は、飲食店向けの業務用氷とスーパーなどで売られる市販向け氷がほぼ半々だった。おのずと、飲食店への時短営業要請や外出自粛の影響を受けて、業務用氷の需要は急減。2020年12月期売上高は前期比40%減で着地したという。
ところが、2020年から開始したアメリカ向け輸出は順調に拡大し続け、2020年、2021年と300%ずつ増加。その結果、2021年12月期売上高は前期比10%増を達成。2022年は円安の恩恵もあってアメリカ輸出が40%増となり、会社全体では30%の増収を達成したという。
この間、蔵本専務はさまざまな新規事業に取り組んできた。2020年6月には再び「ものづくり補助金」対象企業として採択され、かち割り氷の個包装用機械を導入。長引くコロナ禍の影響で外食需要が伸び悩み、「家飲み」需要が増え続けることを想定した投資だ。
スーパーなどに卸す市販向けかち割り氷の容量は1kgだったが、家庭で使い切りやすい600gのタイプを新たなラインナップに加えたのだ。
同じく2020年夏にはブランド戦略の一貫として、かき氷の移動販売事業も開始。新たに極小の粒氷が入ったアイスクリーム「雹菓」の開発にも取り組み、金沢市のふるさと納税の返礼品として採択されている。
現在は氷のサブスクリプションサービスの立ち上げも進めている。ものづくり補助金とは別に「事業再構築補助金」を申請し、昨年5月に「老舗氷屋によるお酒・飲み方・グラス・氷のベストマッチサブスク事業」として採択されたのだ。
「自宅で飲むお酒に合わせて初回はオリジナルグラスと氷をセットで送り、その後は氷だけを定期配送するサービスです」
ウイスキーをロックで飲む人にはウイスキーグラスと球体氷をセットに。ブロックアイスよりも表面積が少ないため、溶ける速度が遅く、ゆっくり香りと味を楽しむことができるという。
専用サイトではバーチャルなバーテンダーによる相性診断サービスも取り入れる計画だ。好みのお酒だけでなく、好きな音楽のジャンルなどを選択できるようにして、ユーザーのライフスタイルに合わせたお酒とグラス、氷、バックミュージックなどを提案するサービスにする。
今年で創業100周年。氷の卸売から一貫してBtoBのビジネスを展開してきたクラモト氷業は、消費者に直接アプローチするサービスでさらなる成長を目指している。
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