2022.06.03
生産性向上に取り組む企業事例
岩手県平泉で和洋菓子を製造・販売する有限会社千葉恵製菓は2021年6月にECサイトを開設。従来の店舗販売に加えた新たな販売ルートとして拡大している。東北以外のエリアからも個人客の注文が届くようになった。従業員の意欲的な取り組みによって同社製品の認知度は高まり、ECサイトの販売数は増えつづけている。同社にとってECサイトは2度目の挑戦。期待以上の実績に、経営陣はたしかな手応えを感じている。
千葉恵製菓のECサイトではかりんとう、饅頭、ドーナツなどの「奥の平泉」シリーズを中心に12種類を販売。2021年10月から12月までの3カ月間に、個人客から250件近くの注文があった。以前は電話注文が月に10件前後だったのが約8倍に増え、2022年になってからも販売のペースは徐々に上がっている。
千葉正利社長は期待以上の成果だと話す。
「当社のお菓子は東北6県のスーパーやコンビニ、みやげもの店などを中心に販売してきました。ところが、コロナ禍で観光客が減り、みやげもの店で日に1,000箱売れていた商品が0箱になるなど、販売数は大きく落ち込みました。何か手を打たなければとはじめたのがネット販売です。全社の売上高から見ればまだわずかですが、手応えは十分にあります」
同社の本社は中尊寺、毛越寺など5カ所が世界遺産に登録されている岩手県平泉町にある。終戦後、現社長の祖父である千葉恵吉さんが秋田県からブドウを仕入れて販売したのが同社の原点だ。1962年に父の千葉誠さんがお菓子を製造・販売する千葉恵菓子店を創業。1973年に有限会社千葉恵製菓に改称し、現在の千葉社長は1998年に就任した。
売上構成は、スーパーやコンビニで販売しているお菓子が約7割。平泉町と一関市にある工場から、パンを製造・販売する会社に卸して東北6県に配達されている。その他、みやげもの店や駅で販売する商品もあり、「おはぎ」「国産米粉の柏餅」など生菓子が売上の上位を占める。
千葉社長が最初にECサイトを検討したのは2010年頃。背景には東北地方の人口減がある。
「東北地方はもともと6県合わせても神奈川県より人口が少ないのに、自然減に加えて東北エリア外への転出も増えていました。マーケットが東北地方だけでは、業績の先細りは明らかでした」
東北以外で販売するには、賞味期間が短い商品は適さないと考えて、日持ちのするお菓子の開発に着手した。最初に取り組んだのは「奥の平泉 かりんとうまんじゅう」だった。密閉容器に饅頭とエージレスという脱酸素剤を同封することで、賞味期間はおよそ1ヵ月に延びた。
新商品で販路拡大を進めようとした矢先、2011年の東日本大震災が起こった。2つの工場が被災し、復旧工事には約4ヵ月かかった。
被災地の経済的な落ち込みを解消するための復興事業がはじまり、いわゆる「復興特需」によって地元は一時的に盛り上げてもらえた。しかし5年ほど経つと、売上減が目立ってきた。
そこでこのままではいけないと、本格的にネット販売を検討しはじめた。ただし自前でECサイトを構築するのは難しいと考えて、知名度と信頼性が高いモール型の大手サイトに出店することに決めた。大手サイトにはショップのひな型や店舗管理システムが用意され、決済代行システムが利用できるのも便利だった。
しかし実際に出店してみると、予想とは大きく違った。サイトの顧客情報は自由に扱えず、販売に活かせなかった。費用は当初の計算より多くかかり、期待した成果は出ない。継続的に売上を伸ばすのは難しいと判断し、ショップを閉めようと決めたものの、撤退に半年ほどかかった。
大手サイトの苦い経験から千葉社長たちは“ネット販売アレルギー”に陥っていたが、コロナ禍のなかで再び挑戦しようと決めた。2019年に発売した「奥の平泉 かわらけかりんとう」がネット販売に適していると思えたからだ。平安時代末期に平泉町の柳之御所遺跡から出土した「かわらけ」という土器に似せてつくりあげた揚菓子だ。岩手県産の小麦「もち姫」を100%使用したもので3年ほどかけて商品化した。
「かわらけかりんとう」の発売後、個人客から問い合わせの電話が入るようになった。足を運んだ店舗は品切れだったので、直販で買えないかという問い合わせだった。コロナ禍で外出を控えて直販のニーズも高まり、平均すると日に10件ほど注文の電話を受けるようになった。
注文増加によろこぶ一方で、社内では商品発送までの手間が問題になった。電話で個人客の宛先や電話番号、商品の到着日時などを1つずつ確認するため、1件の受注に10分以上かかる。また、代金の支払いは郵便振替のみのため、顧客に郵便局で入金してもらう手間もあった。
社内で対策を検討していた頃、社内システムを担当している企業の社長より、ECサイト構築を勧められた。ECサイトを構築できるパッケージを使い、自社オリジナルサイトを作ってはどうかという話だ。
「失敗の経験から不安はありましたが、いまの時勢を鑑みたらネット通販は不可欠だろうと判断しました。営業企画部長が直接担当し、管理や運用方法をシステム会社と確認していきました。特に大手ECサイトを利用したときの不満がどう解消できるかは重要な問題でした」
決め手になったのは、決済システムだった。クレジットカード決済や代金引換決済について説明され、利便性の高さがわかったらすぐに話を進めた。今回の取り組みがIT導入補助金の対象になると知ったことも、渡りに船だった。
こうして自社のオンライン販売サイト「ちばけいオンラインショップ」を開設。個人宅専用の梱包を用意したぐらいで、サイト開設に大きな手間やコストはかからなかった。
ECサイトを広く知ってもらうため、おみやげ品の包みに「ちばけいオンラインショップ開設の案内」を入れて宣伝した。電話注文を受けた際に、オンラインショップを案内することもあった。
ECサイトを開設する前は、関東圏や関西圏から注文が中心だろうと予想していた。しかし実際は、四国地方や東海地方からの注文が多い。
「観光で東北を訪れたときに、みやげもので当社のお菓子を知っていただき、ネット通販で購入されているようです。販売データを見ていると、いろいろ気づくことがありますね」
ECサイト開設で、従業員の意識も変わった。ネット販売の商品は、急に種類を増やせない代わりに、少ない品目でも期間限定セールなどの工夫で売上を伸ばせる。商品ページの画像は社員たちが撮影し、ツイッターやインスタグラムでも若い世代に向けて情報を発信するようになった。
毎週水曜に開く商品会議では、社長以下、ベテランも若手も関係なく自由に意見を言い合える。風通しがいい社風のおかげで改善案も数多く出ている。
「半年が経過して、以前よりおもしろさを感じています。スマホで管理できて、顧客分析に役立つ。経費は安く抑えることができています」
今後は、ECサイトを充実させるための商品開発を進める計画だ。品数を増やし、ネット販売の売上比率を高めることができれば、安定的な事業になることが見込まれる。事業の柱として育てていくことが当面の目標だ。
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